ヨブ記25章1~6節
人はどうして神に対し正しくありえようか。人は蛆、人の子は虫けらにすぎない。(4,6節より)
 
黙想
ビルダドは人が神に対して正しくあり得ないことを主張します。これはパウロがローマの信徒への手紙で「正しい者はいない。一人もいない。」と告げたのと同じです。このことはヨブもよく理解していることです。
 
ヨブが求めているのは万人が正しくないことを認めることではなく、肉体的・精神的・霊的な救いでした。
 
神は「あなたは私の目に貴い」(イザヤ43:4)と言われています。ビルダドが人をうじや虫けらに譬えて価値がないものであると主張するのは人をお造りになった神を侮辱する発言と言えます。人は、たとえ病でも、老いていても、不自由でも、生きるに価する価値ある存在です。
今日も主の祝福をお祈りいたします。