テサロニケの信徒への手紙二・2章1~12節
霊や言葉によって、あるいは、わたしたちから書き送られたという手紙によって、主の日は既に来てしまったかのように言う者がいても、すぐに動揺して分別を無くしたり、慌てふためいたりしないでほしい。(2節)

黙想
キリスト者はイエス様が約束された再臨を待ち望みつつ、日々を送っています。それは神の国の到来の日だからです。イエス様がいつ来られても良いように、主の御言葉に従って日々を送ることは神の国に入る道行きです。

イエス様の再臨だけを待ち望んでいると「私がそうだ」という偽の言葉に惑わされてしまいます。聖書でさえ偽りの解釈によって惑わすものとされてしまうことがあります。

分別をもって主の御言葉に聴く人は幸いです。今日も主の祝福をお祈りいたします。