ローマの信徒への手紙15章14~21節
キリストの名がまだ唱えられていない所で福音を告げ知らせようと、私は熱心に努めてきました。(20節より)

黙想:
1世紀当時のローマと現代の日本はキリストの名がまだ少数の人にしか唱えられていないという点で似ています。現代に使徒パウロが現れたら、きっとパウロは寝食を忘れてキリストを伝たことでしょう。パウロは人々が罪から解放されて救われるためにはキリストを信じるしかないと確信していました。

現代の牧師や神父はもちろんパウロの確信と同じ確信を持ちキリストを伝えています。それが幸せに至る道だから。キリストを信じる人は幸いです。今日も主の祝福をお祈りいたします。