レビ記22章17~33節
「もし、和解の献げ物を主にささげ、満願の献げ物、あるいは随意の献げ物として誓いを果たす場合には、神に受け入れられるよう傷のない牛または羊を取る。どのような傷があってもいけない。」(21節)

黙想:
古代イスラエルでは家畜は財産であり食料であり家族でもありました。

傷のない一番良い家畜は人々にとって大切なものでした。

一番大切なものを献げるのは辛いことです。

痛みを伴う献げ物であるから神への献げ物にふさわしいのです。

今日、献金は痛みを伴う献げ物として献げることが大切であることを知らされます。

献金は主が示された神と隣人を愛することに使われなければなりません。

主なる神はその信心を受け取られます。

今日も主の祝福を祈ります。