レビ記16章1~10節
「次いで、雄山羊二匹を受け取り、臨在の幕屋の入り口の主の御前に引いて来る。」(7節)

黙想:
古代イスラエルの人々は罪を犯してしまった時に贖罪の祭儀をおこない罪を赦してもらっていました。

それでも気がつかずに犯した罪の数々があることを思い、年に一度の贖罪日に1年間のすべての罪を赦してもらう祭儀をおこないました。

罪は神を知っているからこそ感じるもの。

どんなに正直に、神の前に正しく生活していても、知らずに罪を犯しているという意識がありました。

なお罪とは神に背くことであり犯罪に限定されません。

贖罪日には、まず大祭司自らの罪を赦してもらい、次にイスラエル全体の罪を赦してもらう祭儀を行いました。

今も日常に神がおられますが、それを感じる機会は教会以外では少なくなっています。

今日も主の祝福を祈ります。