東京都渋谷区富ヶ谷にある教会です。「ベテル」という名前はヘブライ語で 「神の家」と言う意味です。聖書を大切にしています。

説教集

平和に満たされる 2020年8月4日 聖霊降臨節第10主日・平和聖日

イザヤ書9章1~6節
ローマの信徒への手紙15章7~13節
説教者:関義朗伝道師

戦後75年が経ち、ほとんどの人が戦争体験のない者になってしまいました。ある新聞が「幾多の戦友を失った戦地体験」、「生き地獄だった原爆の体験」と題して特集記事を掲載しました。そこに証言されている事柄は勝者も敗者もひどいことをした事実です。

私たちは戦争の悲惨な体験を語り継いでいくとともに、「主があなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい」(ロマ15:7)との御言葉に聴き従わなければなりません。

アフガニスタンのために生涯をささげた中村哲医師は西南支区の2004年平和集会で、アフガニスタンの人々と慣習を受け入れ、尊敬して活動したことを語りました。彼はイエス様に触れ続けていたことだと思います。私たちは互いに相手を受け入れて平和の実現に参加したいと思います。その活動は聖霊によって、いつでも希望に満たされており、この希望は消えることはありません。

(説教音声は準備ができ次第登録いたします。お待ちいただけますようお願いいたします。)

 

主の目に価高い者 2020年7月26日 聖霊降臨節第9主日

イザヤ書43章1~4節
使徒言行録27章33~44節
説教者:関義朗伝道師

神は「わたしの目にあなたは価高い」(イザ43:4)と言われます。神が一人ひとりを価高い存在と認めてくださって愛してくださっているということを知ることは大きな慰めです。使徒パウロの一行が船で漂流した時に、暴風の中でパンを取り感謝の祈りを献げて食べた出来事にそれが表れています(使27:35)。
しかし現実は必ずしも一人ひとりが大切にされているようには思えない出来事があります。神の御言葉を蔑ろにし、強い者が弱い者を価値の無いものとみなすから、このような悲惨な事件が起きるのです。傲慢な者は自分が有用な人間であることを示すためにそうするのです。その人たちに神の御言葉を告げて回心へと導かなければなりません。
神が私たちを価高い者と認めてくださるのは真実です。その価値はイエス様の命によって救い出したほどのものです。主なる神を信じるならば、私たちはどのような困難にも希望を失うことはありません。

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死は終わりではない 2020年7月19日 聖霊降臨節第8主日

ミカ書7章18~20節
使徒言行録24章10~21節
説教者:関義朗伝道師

パウロは捕えられてユダヤ総督フェリクスの所に送られ、弁明の機会を与えられました。弁明は伝道の機会です。聖霊が彼に語るべき言葉を教えました。パウロは復活のキリストに出会い、宣教者として立てられた人です。彼は復活する希望を持っていることを表明しました。イエス様は父なる神が永遠の命を得させ、終わりの日に復活させることを教えておられました(ヨハ6:40)。
死者が復活することについては現代の私たちの方が昔の人たちより懐疑的だと思います。しかし主はこの世界をお造りになったお方だから、主が御心をお示しになれば可能です。そうであっても私たちは奇跡を期待するのではなく、復活の希望を抱いて主が教えてくださった道に従って日々を暮らしていくことが大切です。パウロはフェリクス総督に「私は復活するという希望を、神に対して抱いています」と表明しました。私たちも復活の希望を抱いて、この世にあって主が示された道を歩んでまいりましょう。

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いのちの源 2020年7月13日 聖霊降臨節第7主日

ホセア書14章5~10節
使徒言行録9章36~43節
説教者:関義朗伝道師

命という漢字は、神の口から発せられる言葉を聞く姿勢を表しているそうです。一方、聖書は、命は神が与えたと証ししています。洋の東西を問わず、人々は命が神と関わりがあることを知っていました。現代人は情報過多の中で命が何であるかを知りません。私たちの命は神の支配の下にあることを知れば、殊更に死を怖がる必要は無くなります。

ペトロがタビタを生き返らせたのはペトロの力ではなく神の御旨です。神はペトロをお用いになって、タビタにこの世界での働きをお与えになるために命を回復させました。この命の回復の出来事は多くの人々を主のもとに導きました。

私たちは生きることも死ぬことも自分ではどうすることもできません。しかし「いのちの源」(ホセ14:9)なる主が私たちと共にいてくださり、この世界で主の働きに参加するよう促しておられます。私たちは生きるも死ぬも主にお委ねし、主から委託された働きをおこなっていきたいと思います。

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その怒りは正しいか 2020年7月5日 聖霊降臨節第6主日

ヨナ書4章1~4節
エフェソの信徒への手紙2章14~22節
説教者:関義朗伝道師

旧約聖書のヨナ書で預言者ヨナは主なる神が告げた「隣国アッシリアの首都ニネベを滅ぼす」という託宣を命がけでニネベの人々に告げたのですが、王を始めとしてすべての人が悔い改めたのを見た主は滅ぼすことを思い止まりました。ヨナはこのことを不満に思い怒りました。怒りを持っている人はヨナのように、自己を否定された、誤解された、思い通りにいかない、などの思いのために怒りを発し、その怒りを正当化しようとします。しかし私たちにとって大切なのは「その怒りは正しいか」(ヨナ4:4)という主の問いかけに耳を傾けることです。
この主の言葉でさえ、私たちは退けようとするかもしれません。怒りが大きければ「主は何も分かっていない」と主を見捨てようとするかもしれません。そのような私たちのためにキリスト・イエス様が与えられました。キリストは私たちの平和です(エフェ2:14)。ご自分の命と引き換えに、隔ての壁を打ち壊し、一つにしてくださいました。
私たちは他人の言葉や行いに傷つき怒りを発することはあります。しかし怒った時こそ私たちはキリストを思い出さなければなりません。自分が正しいのか、相手が正しいのかを争って怒りを持ち続けるのではなく、お互いをキリストに委ねるようにしたいと思います。そうすればお互いに平和に歩むことができます。キリストが私たちを一緒に生きることができるようにしてくださるのです。

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罪を焼き尽してくださる神 2020年6月28日 聖霊降臨節第5主日

ミカ書4章1~7節
ヘブライ人への手紙12章25~29節
説教者:関義朗伝道師

金属を純粋なものにする技術に精錬というものがあります。これは金属を火で熔かして不純物を取り除く作業のことです。火は不純物を取り除いて純粋にするのに欠かせません。それと同じように「私たちの神は焼き尽す火」(ヘブ12:29)です。その火によって私たちの罪を焼き尽してくださいます。私たちは自分の力では悪い思いや行いを退けることができなくても、神を信じることにより、神はその火によって私たちの悪い思いや行いを滅ぼしてくださいます。

現実がいかに理想とかけ離れていようと、自分自身が心の奥に耐えがたい悲しみや怒りを持っていようとも、また欲望に縛りつけられていようとも、主の焼き尽す火は必ず私たちを聖い者に変えてくださいます。主なる神の焼き尽くす火を恐れてはなりません。むしろ私たちはその火で私たちの罪をすべて焼き尽くしてもらうように祈りましょう。

 

神に従う人々 2020年6月24日 聖霊降臨節第4主日

ハバクク書2章2~4節
ヨハネの手紙一 2章20~27節
説教者:関義朗伝道師

(説教を【youtube】で配信しています。)

預言者ハバククの口を通して、主は「神に従う人は信仰によって生きる」と告げました。それは「神に従う人は正しい分別を持つ。だから主の目に正しいことをおこなう」ということを意味しています。それは人が考える正義ではありません。

キリスト者は主なる神から聖霊を受けた存在です。聖霊の神が私たちの内に宿っておられます。聖霊は父なる神と子なるキリストのことを思い出させてくださいます。それによって私たちは正しい分別を持つことができます。

人生に正しい道などない、とけなす人に出会うかもしれません。けなす人にはそのようにさせておけば良いのです。神の言葉のみが私たちを生かします。人の言葉や行為に振り回される必要はありません。信じることを恥ずかしく思う必要はありません。むしろ信じていること、主に従うことを根本に置いて、堂々と豊かな毎日を歩んでまいりましょう。

 

聞くことから始まる 2020年6月16日 聖霊降臨節第3主日

申命記6章16~25節
ローマの信徒への手紙10章14~17節
説教者:関義朗伝道師

聖書の民は何千年も昔の出エジプトの記憶を後世に伝え続けてきました。出エジプトの出来事は束縛からの解放の象徴的な出来事です。主なる神は人間が陥ってしまった束縛から救い出し、解放してくださることをお示しになったのです。そのことを人々は記憶し続け、主を礼拝することを一番大切なこととしたわけです。

戦後は個人の自由が最大限に認められるようになり、何にも縛られない自由を謳歌できるようになりました。ところが実際は会社や地域や家族などのしがらみや自分自身の内部から湧き起る欲望に縛られています。ちょうど糸が切れた凧のように、外と内からの突風に束縛されて不安定になっているようなものです。凧が糸につながって安定するように、主につながることが人生を自由にし安定させます。主は束縛から解放してくださるお方だからです。主の御言葉を聞くことが人生の突風に対抗する唯一の方法です。実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。

 

霊の豊かな交わり 2020年6月9日 聖霊降臨節第2主日

イザヤ書40章27~31節
ヨハネによる福音書14章25~31節
説教者:関義朗伝道師

(礼拝の全体を【youtube】で配信しています。)

イエス様は父なる神が私たちに降した聖霊がすべてのことを教えてくださることを教え、そして平和を与えることを約束されました(ヨハ14:26,27)。主が与えてくださる平和は<約束>の平和です。争いや不安や辛さの中にあっても約束を信じることによって私たちが平安であるような平和です。イエス様は天に昇られ私たちの目には見えなくなりましたが、再び来られるまでの間は聖霊が私たちを導いてくださいます。そしてイエス様が再び来られる時に平和が完成します。

この約束を信じる人は主に望みをおく人です(イザ40:31)。イエス様を信じている人々は聖霊のお働きによって、イエス様とつながり、イエス様を愛しています(ヨハ14:28)。そして愛によって、相互に豊かな交わりに入れられています。聖霊が主を思い出させてくださるから、私たちはお互いの思い違い、煩わしさ、葛藤といったものを超えて、互いを思いやることができます。主の平和は一人ひとりを満たします。主を信じる人々を聖霊によって豊かな交わりへと招き入れてくださいます。

 

教会が生まれた 2020年5月31日 聖霊降臨日(ペンテコステ)・ベテル教会創立記念日

エゼキエル書37章1~6節
ヨハネによる福音書14章15~21節
説教者:関義朗伝道師

(礼拝の全体を【youtube】で配信しています。高音質の説教音声は下の方の音声ファイルでお聞きいただけます。)

聖霊降臨日おめでとうございます。聖霊降臨はキリスト教会が誕生した出来事です。イエス様は復活から40日目に天に昇られました。その後、弟子たちが毎日集まって祈っていると、その10日後に弟子たちに聖霊が降って、いろいろな国の言葉で福音を語り出したのです。福音とは、「イエス様がこの世に生まれて、信じる人をいろいろな束縛から解放したこと、今日でも復活のイエス様(キリスト)を信じる人々は束縛から解放されることを伝える良い知らせ」です。イエス様を信じる人々にはイエス様の恵みと父なる神の愛とを思い起こさせてくださる聖霊が降り、その人の内にとどまります。

ベテル教会は1952年の聖霊降臨日に創立しました。創立当初は初代牧師の自宅で礼拝が行われていました。次第に礼拝参加者が増えたことから、近くに土地を探し、1960年に富ヶ谷のこの地に土地を取得して会堂を建設し、その次の年の7月2日に新会堂で最初の礼拝をおこないました。献堂した人々は地域伝道の夢を持っていて、その当時に始めた学習塾には最大で80人の子どもが集まったそうです。さぞ1階の集会室は賑やかだったことでしょう。ベテル教会は教会学校を再開しましたが、子どもはほとんど来ていません。これは悲しむべきことなのでしょうか。

聖霊がベテル教会に集う人々の内におられて、私たちを導いて下さり、この地域の人々にも働きかけておられることを信じるならば、結果をあれこれ気にする必要はありません。主がベテル教会の教師と信徒を用いてこの地で伝道しておられます。偶然通りかかった人がベテル教会の十字架を見つけて、ここに教会があることを知り喜ぶことは、過去にもありましたし、それは現在でも確かにあることです。主なる神はこの教会の人々に働きかけ、私たちの内なる聖霊が私たちを導き、私たちの存在の全てを用いて、私たちが知らず知らずのうちに人々に福音を宣べ伝えさせていただくという栄光を与えてくださっています。私たちは信仰を得て強められました。私たちはこの信仰によって活き活きとした人生を送ることができました。そのことを思い出して感謝する。その感謝の気持ちは自ずと表情に現われ、行動に現われ、喜びとして現れ、それが人々に伝わっていくのです。聖霊が私たちをそのように導いてくださいます。

 
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